皇居二重橋:戦後14年経ってはいるが、1959年において、皇居という場所は、日本国民にとって、まだ誰もが頭(こうべ)を垂れる場所であった。この3年前の1956年には、経済企画庁の経済白書で、「もはや戦後ではない」、と記述されたが、それは前年にGNPが戦前の水準を超えたという意味であって、天皇および象徴的場所である皇居に対する国民の意識は終戦前あるいは終戦直後の気持ちと変わるものではなかった、と思う。我々の世代では有名である、島倉千代子の「東京だよおっ母さん」では、東京見物に来た母親を二重橋や九段坂、浅草観音に案内する、というストーリーになっている。当時は、二重橋は見物すべき必須の地であった、ということが分かる(私も学校や自宅などでこの歌を良く口ずさんだが、特段、疑問は持たなかった)。最近、皇居外苑に行くことはないが、数年前に東御苑に行った時には、二重橋を見に行こうという気にもならなかった。人にも依るだろうが、二重橋は特別な場所ではなくなっているような気がする。
明治神宮:明治神宮は、皇居とは異なってどちらかといえば、初詣の場所として有名である。近年は、「清正の井戸」がパワースポットとして有名になり、その手の愛好者の注目も浴びている。多くの人が知るように、明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后を御祭神とする神社である。従って、創建は大正時代のもので、歴史は100年弱である。数回訪れたような気がするが、はっきり記憶しているのは、やはり初詣の時である。
靖国神社:靖国神社は、軍人、軍属などを主に祀る神社である。絵はがきの右のコメントには、「国事に斃れた人士の霊をお祀りしてある」、とあるが、「国事に斃れた人士」とは、「勝てば官軍」の人士である。彰義隊や新選組、奥羽列藩軍、西南の役の西郷隆盛など薩摩軍は除かれている。私には縁がないので、一度も訪れたことはない。おまけに、いつぞやからA級戦犯を合祀したために、余計行ってみようという気がしなくなった。縁があるとすれば、桜の開花予想を決める桜の木がだろうか?
西郷銅像:最近(2018年)、NHKで西郷隆盛を主人公にした大河ドラマを放送しているために訪れる人が多いという。子供の頃には興味はあったが、大人になってからは特に見たいとも思わなくなった。公園口から美術館、博物館に行く際には、見ることができない。場所が違うので。
浅草仲見世:浅草仲見世は、小学校に上がる前に初めて行ったことがあるような気がする。その後、一人あるいは家族と行った記憶があるが、良く覚えているのは10年前くらいに、社員旅行で行った時だろうか。仲見世、浅草寺を見て、うなぎを食べ、隅田川を水上バスで下った(余談だが、最後は、日の出桟橋かどこかで船に乗り、東京湾をクルーズしながら食事した)。
歌舞伎座:国会議事堂にも余り縁がない。議事参観はしたことがない。大学院の時代(?)に、何かの請願デモで署名を持って脇を通ったことがある。署名は、位置取りが悪く、議員に渡せなかった。先年の安全保障関連法案可決直前の日、議事堂前の広場(歩道)をうろうろとし、反対を訴えたことがある。その時に、議事堂を目のあたりにした。某党の友人がいて、議員会館に一度行ったこともある。
国会図書館:一度も行ったことはないが、いつか行こうとしている場所である。調べ物をするなら、最終的にはここと思っている。絵はがきの建物は、今は迎賓館になってしまったらしい。
ネオンの銀座:東銀座で仕事をしていた頃、当時はすでにバブルがはじけてしまっていたのだが、まだはじけたばかりだったので、先輩に、入れば一人5万円と言われるクラブに連れて行ってもらった事がある。もちろん、それほどでないところだが、それなりに高いバーなどにも行ったことがある。普通の飲み屋にも部長などと行った。夜ばかりではなく、昼も良く行っている。本屋、映画館、アップルストア、デパートなどなど。そういえば、私の妻は銀座好きだが、結婚前にうろうろし、一緒に食事したのを思い出した。昨年は、娘夫婦と孫と一緒に(もちろん妻も一緒に)、夏前に早々とランドセルを買いに行った。書いたらキリがないくらい、銀座には行っている.
泉岳寺:泉岳寺が絵はがきになるのも分からないではないが、この10枚の中に入るほどのものなのだろうか?昭和34年には、見物するそれなりの価値があったのかもしれない。今では、赤穂浪士、四十七士などと言っても分からない若者も多いだろうが。私もそれほど詳しくないが、トピックくらいは少し知っている。ひょっとして、この絵はがきは東京タワーで買ったのかもしれない。うがった見方をすれば、泉岳寺が東京タワーに近いから10枚の中に選ばれたのかもしれない??
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