広島


 この絵はがきは、兄が広島市民球場誕生30周年になる1987年に、広島対阪神戦(9月5日開催)を見に行った時に買ったもののようである(絵はがきのケースの中に試合のチケットの半券が入っていた)。
 私が初めて広島を訪れたのは、今から50年ほど前。学部の工場見学旅行(中国・九州地区)の時である。広島は旅行の最初の地であり、マツダが対象であった。私は貧乏学生であったので、一人だけみんなと別れて広島大学の学生寮に前泊した。その日だったろうか、原爆ドームや資料館を見学し、路面電車で宮島口まで行き、宮島を眺めて戻ってきた覚えがある。縮景園には行かなかった。
 就職してからも何回か訪れてはいるが、街中に出たのは1回くらいだろうか。のぞみが開通し、乗車時間が短縮されてからは、日帰りの出張になってしまったので、遊ぶ時間もとれなかった。
 
 絵はがきは14枚セットで、9枚が平和公園や原爆ドームである。平和を訴えている広島市としては、当たり前のことなのだろうが、何だか悲しい気持ちにもなる。
*広島城は、別のページに掲載しているために除いた 広島城絵はがき)

絵ハガキの説明

比治山公園より市街:緑につつまれた自然公園で市民の散策地であり、展望台からは広島市街を眼下に遠く安芸の小富士や宮島をものぞ
          める

黄金山より広島市街:市街の南東にある標高210m、ドライブウェイが通じ、山頂展望台からは広島市内はもちろん瀬戸内海も遠望出
          来る

縮景園:旧藩主浅野家の別邸であった縮景園は、中央に池を設け、小島、山などすべて中国の西湖を模してつくられている

平和公園・嵐の中の母子像と平和記念資料館:母子像は乳のみ子を抱きしめ、幼児を背負って嵐の中をつき進む母子の姿をあらわしてい
                     る。資料館には原爆の生々しい資料が展示されている

原爆ドーム:昭和20年8月6日、世界最初に投ぜられた原爆によって廃墟と化した産業奨励館

平和公園・原爆慰霊碑:古代のはにわを型どった碑の下の石棺には原爆犠牲者の過去帳が納められ、「安らかに眠って下さい過ちは繰り
           返しません」という銘が刻まれている

平和公園・原爆の子の像:「広島平和をきづく児童生徒の会」が原爆で亡くなった兄姉の霊を慰め世界に平和を呼びかけるために全国の
            児童生徒に呼びかけて建てられたもの

平和公園・平和の灯:原爆慰霊碑の後方にあり、昭和39年点灯式が行われた。平和を願う人々の心を象徴した聖火が燃え続けている

平和公園・大噴水:平和祈念資料館前の広場の「平和の泉」

動員学徒慰霊塔:昭和42年夏、原爆ドームの横に原爆で死亡した動員学徒のため慰霊と平和を祈念して建てられた